昨日は、出張レッスン
発達障害を持つ子のレッスンでした
どの子供もそうですが、そして、ここでの子どもたちとの触れ合いは
何かとても、自分が「素」な気持ちになります
彼らは本当に素直な気持ちでレッスンに向かうので
触れ合ってる私の気持ちも「素」になり
なんだか無駄のない気持ちになります
「素」であることに、立ち返るような。。。
子どもたちの制作風景には、人の思いの源流があるような
そんな気持ちになります
昨日はたまごに色を塗ったり、飾り付けする準備をしていきました
たまごには、ランプをくっつけてあって、光るのです
子どもたちはたまごがランプになることに
興味を示しませんでした
子どもたちは、たまごの繊細な質を感じとって
手の中でくしゃっとしてみたいなっ
っと思いました
それで、くしゃっとしました
笑!!!!
私は、うれしい気持ちになりました!!
「そうだよね!」って思いました
くしゃっとしたくなりませんか?
私もなります
卵料理のとき
たまごの殻は、たまごの中身の命を守りながら、
ひよこが自らの力で割って出られるように出来た質なのです
割りたくなるような質です
こどもたちは
繊細で、崩しても手の中で痛くない
どこまで細かくなるのだろう?
崩した気持ちよさ、発見があったはずです
思いのままにやってみるを尊重すると
レッスンは予定していたたまごランプを飾り付けようには
なりませんが
「自分の電波でしてみたいことをすること
自分で発見すること」
という造形活動でとても大事なことができました
アート行為や、造形活動のなかでは
詰まんないけど大人がやれっていうし
かっこいいものつくんなきゃっ
というプライドとか、プレッシャーの中では
心は大きく膨らみません
子どもたちは造形活動のなかで
ただ「素」でしたいことを、すっとするのです
私はいつもそのことに感動します
たまごの殻は、ランプの飾りつけ用の瓶の中にいれました
こうして作品はその子独自のものに発展出来ました
(なるほど次回は殻に着色しておいたものをくしゃっとさせて瓶の中を綺麗に彩るっていうのもいいなっと私にも新しい発想をくれました)
くしゃっとすることをして、なるほどっと気の済んだ子どもたちは
新しいたまごに色を塗りだし、たまごの上で流動的に混ざり合う色の変化に夢中になりました
なのでそのたまごにその場で私がランプをつけました
子供たちの手元のこと
ここでのレッスンは、子どもたちそれぞれの「正直」な作品が残っていきます
それがやっぱり素晴らしい作品だとおもうのです
その時の時間や思いや発見がいっぱい詰まってるからです
大人に評価されるような
点数をつけられるような作品を求める気持ちは
こんなときは重要ではないんですね
大人たちもそうゆう目線で子どもたちの作品を見てあげると
こどもたちの活動はより、心を輝かせるものとなり、やる気も増し、おのずと表現を高めたり追及する技術も増えていきます
作品作りのなかで自分がやりたいことを達成するための
工夫や忍耐や集中力もつきます
さて、鯉のぼりも作りました
沢山沢山、クレヨンで隙間なく黄色、赤、青っと塗ったんです
最後は点を合わせて
いっぱいいろんなこと見つけたと思います